林で書いた詩  伊藤整






これは銅版画です
ご希望があればお譲りします
こちらまでメールを
       aoao08888@gmail.com










 林で書いた詩              伊藤整


やっぱりこの事だけは言わずに行かう。
今のままのあなたを生かして
寂しければ目に浮かべてゐよう。
あなたは落葉松(からまつ)の緑の美しい故郷での
日々の生活の中に
夢見たいな私のことは
刺のやうに心から抜いて棄てるだろう。
私の言葉などは
若さの言わせた間違ひに過ぎないと極めてしまふだらう。
何時か皆人が忘れたころ私は故郷へ帰り
閑古鳥のよく聞える
落葉松の林のはづれに家を建てよう。
草薮に蔽はれて 見えなくなるやうな家を。
そして李(すもも)が白く咲き崩れる村道を歩いて
思ひ出を拾い集め
それを古風な更紗のやうにつぎ合わせて
一つの物語にしよう。
すべてが遅すぎるその時になったら私も落ちついて
きれぎれな色あせた物語を書き残さう。

通勤の朝の道路に枯れ葉が絨毯のように舞い散り陽光に反射しながらキラキラ輝いている。
しかし今年は、秋らしい季節感も堪能できず、いきなり冬が来そうな気配である。
伊藤整の詩「林で書いた詩」と最初に出会ったのは、高校の国語の授業の時であった。
小説「鳴海仙吉」のなかで、主人公が書いた詩だと知ったのはずいぶん後に解った。
『それを古風な更紗のやうにつぎ合わせて一つの物語にしよう』
この響きは、その後様々な状況の時、脳裏に反響する。
その後読んだ、伊藤整二十一歳の処女作「雪明かりの路」は此方には経験の無い、遠い北国の満天夜に雪明かりの路を夢想した小説であった。
あゝ 雪のあらしだ。
家々はその中に盲目になり 身を伏せて
埋もれてゐる。
この恐ろしい夜でも
そつと窓の雪を叩いて外を覗いてごらん。
あの吹雪が
木々に唸つて 狂つて
一しきり去つた後を
気づかれない様に覗いてごらん。
雪明りだよ。
案外に明るくて
もう道なんか無くなつてゐるが
しづかな青い雪明りだよ。
(伊藤整『雪明りの路』より「雪夜」)

雪が殆ど積もらない此方では、この北国の情景は憧憬に似た感情を呼び起こす。

それでも枯れ葉の季節は終わりをつげ、もうすぐ寒い冬が来る。

コメント

人気の投稿