物語の海へ 「東方旅行記」彷徨
















架空地名大辞典という、本のなかで、『ナキュメラ島」の文章があった。
『大西洋に浮かぶ、風光明媚な島、島の周囲は1600キロメートル以上もある。
この島に関しては特に注目すべきは、その住民達である。彼らの頭部は犬の頭とそっくりで、額には、ハート型をした金あるいは銅製の牛を彫り込んだメダルをつけている。(このメダルは牛にたいする彼らの崇拝の念である)
体格は大きく、衣服は腰布のみ。彼らは好戦的であり、尖った槍と体ほどある大きな楯を持ち歩いている。経済上の理由から、捕虜を食用とする。
 ナキュメラ島の酋長は、非常に信心深く、毎食前に三百回もの祈りを神に捧げる。
彼を酋長たらしめている唯一のしるしは、首につるした巨大なルビーであり、それなしでは、彼は他の住民達と区別がつかないであろ。このルビーは中国の皇帝が久しく欲しがっていた物だが、ついに買うことも略奪することもできなかった。』

以上の文章から独自世界観作りの試みとして、イメージを絵やスケッチ時には造形など起こした。
この作業は今考えれば、コンセプトデザインの作業と似通っている。
言葉や文章から独自のヴィジアルを具現化して行く行為は、楽しく苦しい。
自己の技の無さや、知識の乏しさに直面しながら、それでも蟻の速度で徐々に世界が創られるのはやはり創造の醍醐味を得ることが出来る。
 原本である「東方旅行記」は1360年位にJマンディヴィルが書いた本で、東洋周遊旅行案内書だが、実際的な旅程の案内書としては、時代遅れで、地理的記述も曖昧である。殆ど実用価値はゼロに等しいものである。
むしろ、東洋の未知の国々の、奇々怪々なる珍習異聞をまことしやかに語って、エキゾチックな幻想の世界に案内し異国情緒を満喫してもらうところにあったようである。
 マンディヴィルが描いた、というより、前代の種々雑多な記述をふんだんにかき集めて、一つの渾然たる〈東洋幻想〉を作り上げたその創造手腕に驚嘆を感じる。
まだまだ、この世が未知の幻想や冒険で満たされていた良き時代の物語だと思う。
 現代の我々はこの想像力の端っこの隅で精神的な不満足の溝を埋めていく行為をしなくては、生きて行けない時代に直面しているようだ。

そして再度物語りの海へ漕ぎ出す優しさと勇気が必要だ。

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