ボルヘス夢想そして版画




『東洋のどこかの図書館にある、何世紀も昔に刷られた版画を思い浮かべてみよう。
もしかすると版画はアラビアのもので、われわれは『千夜一夜』の物語がすべてそこに図画化されているのだと聞かされるかも知れない。あるいはまた、其の版画は中国のもので、何百人、何千人という人物が登場する小説の挿絵であることを教わるかも知れない。
様々な形象が入り乱れるなか、 ある形象ー円錐をさかさまにしたような木、鉄の壁の向こうに立つ真紅の回教寺院ーがわれわれの注意を引くが、われわれはそこからまた別の形象へと目を移す。日が傾き、光は翳り、われわれは版画の世界に入り込む。

すると、この地上の事物でその絵に登場しないものなど何ひとつないことが分かってくる。かってあったもの、現にあるもの、これから存在するもの、過去の歴史、未来の歴史、私が昔持っていた品々、今後持つであろう品々、こういったもの一切が、この静止した迷宮のどこかでわれわれを待ち受けている。・・・・私が空想してみたのは魔法の作品、一つの小宇宙でもあるような版画である。』
J.Lボルヘス 『神曲講義』から

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